やわらの道エピローグ

ついにエピローグだ。プロローグと書いてもいないのにエピローグも無いのだが、エンディングとかラストとかよりは言葉の響きが良いと勝手に思った。

さて、空白の数か月が過ぎて翌春となった。柔道整復科はめでたく卒業し、残るは午前の鍼灸マッサージ科となったので、空いた午後の時間を、相模原市の淵野辺にある整形外科でアルバイトをする事になった。

では柔道をどこでやろうかと考えたのだが、何と5段のS先生は町田市体育館の道場でご指導なさっているという。最寄りの駅は横浜線の成瀬駅。淵野辺から3つ行った駅である。
問題は即解決した。不思議な縁を感じた。

町田の体育館は地下に道場があり、柔道や剣道など武道の為に利用されていた。柔道は週に1~2回利用出来るようになっている。
通っているのは高校生からベテラン指導者まで、常時15人~30人くらいが稽古に励んでいたと思う。私と同じようなレベルの方も何人かいた。
ここは新宿の道場とは少々違い、高校生が多かったせいか、どこか家庭的でリラックスした雰囲気があった。ただ職場からは近いが自宅からは遠かったので週一回通った。

柔道に真剣に取り組み始めてから2年以上が経過していたが、町田の道場でもこれまでと同じような練習を行っていた。しかしもちろん全員知らないので、ひとりひとりの特徴を見極めながら丁度良い練習相手を探し、打ち込みや乱取りを行った。

町田に行ってほどなくした頃、ある事に気が付いた。
それは練習翌日の疲労感が少なくなったのである。それまでは筋トレで身に付けた筋力を前面に打ち出した「技より力」の柔道を行っていたので情けない事に、疲労感が人の3倍くらいあったのだ。
乱取り中もよく上の方から「力を抜け~」と言われていた。力の入ったガチガチの状態でも何とかなっていたのだが、これでは綺麗に技に入れないのである。つまり上達しない。
分かってはいるが無意識では出来なかった。
それが3年目を迎え、練習環境も相手も変わる中で、フトした時に出来る様になったのだ。

石の上にも三年だった。継続の大切さを実感した。これをきっかけに自分の柔道が一皮むけた感じがした。

柔道以外は週一回の筋トレとランニングは継続した。
これをやらないと、週一回の柔道でまともに動けないのである。
しかも年齢も30歳に近づき、体力や感覚の衰えはさほど感じないものの、怪我を負った時の回復の遅さには悩まされた。完治するのにこれまでの数倍の時間が掛かる様になった。
格闘技なので自分がいくら気を付けていても相手の出方にっては簡単に怪我を負ってしまう。
小さい怪我は付き物であるが、仕事や日常生活に影響が出るような怪我は極力避けなければならない。
したがって身体のコンディショニングや、お互い怪我をしない安全な柔道には人一倍気を使った。

そして町田で練習を始めて半年くらい経過した頃、町田市の柔道大会がいつもの道場で行われることになったので、それに出場した。

高校一般初段の部であるが対戦の仕方が面白い。全出場選手を体格の小さい順に並べて順番を決めて、その順に対戦し、勝ったら残るという方法であった。全員で30人以上はいただろうか?

私は20番目くらいに出番が回ってきて、明らかに自分よりは若い相手2人を大外刈り、内股で一本取って勝ち、3人目に負けた。
その時初めて知ったのだが、私に勝った相手は道場の師範の息子さんだった。そら強いはずだ。
そして大会の結果は大混戦の末、2回一本勝ちした私が2位となった。
今回の試合は2位という結果より、試合で久々に一本取って勝てた事が嬉しかった。約2年の間、ずっと負け続けていたから。

次の試合は翌年の7月にある「三多摩地区の柔道大会」に町田市道場の初段代表として5人の団体戦に出場させてもらえる事となった。(三多摩地区とは東京都の23区と島を除いた地区)

団体メンバーとなると嬉しい反面、チームに迷惑を掛ける事が出来ないというプレッシャーもある。柔整科の時は全ての対戦相手が格上だったので全くチームの力になれなかった。
しかしあれから2年経過し、当時よりレベルアップしている。更に今回は対戦相手も同じ初段と決まっているのでもっと違った戦いが出来るはずだと思い対戦に臨んだ。

初戦はどのチームだったか忘れたが、相手は私よりも若く、背も高く、手足が長い。体重は10キロ近く軽そうだ。
開始直後から相手は両手でガバッと掴んでくるので、リーチの短い私は苦戦した。しかしお互い初戦で緊張しているし、相手の技術力もそれほどでは無かったので、まともな技に入って来れない。ただ防戦一方の自分も技に入れない。事態が進展しないまま時間が経過していった。
私はいつか自分の組み手になれる時が来るだろうと思い、その時を待ったが終了時間が迫ってきた。
最後に「待て」が掛かったのが残り30秒くらいだったろうか。
その後の試合再開で、最後の最後で相手は「これで引き分けで終われるだろう」と頭によぎったのか、動きに隙が出た。私はそれを見逃さず、自分の組み手になり、残り時間が無かったのですかさず払い腰か大外刈りに入った。
技はもつれた形になったが、最後に相手はひっくり返ったので「一本」となった。

私は安堵したが、相手が中々起き上がって来なかったので怪我をさせてしまったかと思い、駆け寄ったが、そうではなく最後に投げられたショックで起き上がれなかったのだ。最期の集中力が明暗を分けた。
この時の写真があるのだが、一本の時に残り時間は0秒だった。

2試合目は東村山市が相手だった。東村山市というと「志村けん」で有名だが、失礼ながら本当にあるんだと思った。

対戦相手は私よりやや小柄で筋肉質。体重は数キロ軽そうだが、重心が低い。これは投げにくい典型的な身体だ。
今回の相手は先ほどと大違いで、試合開始直後から組んできた。
私相手にガッチリ力強く組んで絞ってくる。力が結構強かったので、私は動くに動けなかった。
ただ相手は確か初戦だったので、緊張する初戦の開始直後で、それだけ上半身に力を入れたら自分で自分の下半身を動けなくしているようなもんだ。相手の動きを封じれるが自分も動けない。

お互い動けず10秒程膠着していた。このままでは「待て」が掛かる。組み手は私が有利だったので「待て」になったら勿体ない。しかし有利とは言え、動けない状態から一発で技を掛ける事は出来ないので、このチャンスを生かすべく自分から動いた。
一度左技に入るフェイントをし、その刹那、逆の支えつり込み足に思い切って入ったのだ。
するとフェイントを食らった足の動かない相手は結構宙を舞った。
私は手ごたえから、これで一本取るつもりで更に左足を振り上げた。ところが重心の低い相手は倒れなかった。

しかし相手は体勢も組み手も崩され、私の正面に前屈みの姿勢になった。その隙を見逃さず、すかさず内股に入って引き回した。腰が重いので360度近くケンケンをしたが、最後は一回転させた。

いわゆる柔道で言う「秒殺一本」だった。
状況を素早く判断出来たのは経験によるのもだったろう。キャリアでも最高の一本だった。

試合は2段3段の選手で苦戦した為に勝ち上がる事は出来なかったが、個人的には最高の結果だったので、非常に満足のいくものだった。惜しむらくは2年前の団体戦の時点で今の実力があったら、とも思うがこればかりは考えても仕方ない。

この年の秋にも町田市の大会に出場したが、直前で足を捻挫し、満足のいくコンディションではなかった。
初戦は内股で優勢勝ちしたものの、次に身体の大きな選手と対戦し負けた。彼はその後も勝ち続け、圧倒的な強さで優勝した。何と何処かの大学でキャプテンをしていたらしい。
そら負けるわ。

社会人になってからも試合の緊張感が好きで、水泳、バーベル、柔道とやってきたが、この試合が生涯で最後の試合となった。柔道には全部で19試合出場したが、9勝10敗だった。

そして翌年の8月頭まで週1回は町田の道場に通い続けたが、松阪で開業するの為に引っ越さなくてはいけないので、それをきっかけに柔道を引退した(大袈裟な)。

道場で最後の練習後は、s先生と練習仲間2人の計4人で居酒屋に行った。
団体戦にも一緒に出た好敵手のk君が私がいなくなることを残念がってくれたのが印象的だった。
町田の道場は約2年半在籍したが、アットホームな雰囲気の中で本当に楽しく稽古をさせて頂いた。
仲間や師範、そしてs先生には心から感謝している。

松阪でも探せば柔道の出来る場所はあるのだろうが、開業したら自分一人なので、「手が命」の治療家はとにかく怪我が出来ない。下肢ならまだ良いが、上肢なら仕事にならない。
過去も肩や指を怪我し、仕事に支障をきたしたこともあった。しかし他にスタッフがいたので何とかなったが、今後はそうもいかない。

ということで柔道を真剣に始めた頃から、いずれ開業する時にはやめようと決めていた。
授業で始まった頃は、あまりやる気の無かった柔道が、これほどのめり込むことになるとは思わなかった。やわらの道は4年半続いたが、始まった頃に頭に描いていた「せめてこれくらいの選手になりたい」という理想像には成れたように思う。


さすがに両膝の状態が万全でない今の時点で柔道をやっている自分の姿は想像出来ない。
ただ、あの後もう数年続けていたら一体どれくらいレベルアップしていたのだろうか?と時々妄想している(笑)

ちなみにもう使う予定の無い柔道着は数年前に断捨離した。でも黒帯だけは捨てられずに殿堂入りとなり、今も部屋の片隅に置かれている。



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