やわらの道ビヨンド

初めて出場した柔道大会と前後して昇段試験があった。
内容は形がほとんどで実戦などは無かったと思う。なんせ学校単位という集団で受けたので全員何事も無かったように通った。愛知の友人などは試合にも出場し、ある程度の実績を積む必要があったそうで、認定する地域によって随分と差があるもんだと知った。渋谷区はあっさりしたもんだ。
しかし黒帯を締めるからにはそれなりのモノが無ければならない。私は気を引き締めた。

2年生の時は昇段試験の練習以外は柔道の授業が無かったので、新宿の道場に週一回は通って練習していたと記憶している。
当時は技の基礎が全く無い状態でドタバタやっていたので、何とか自分も上手な人の様に「スパっと」技を掛けるようになれないかと練習していた。たとえ黒帯を締めていても基礎の無い人間がやっていたら見る人が見ればすぐに分かるのだ。それが情けなかった。

では数多くある技の中で何が適しているのか?
試合会場などで小さい子供の練習を観察していると、最初に習う大技は「背負い投げ」と「大外刈り」のようだ。ふむナルホドね。前に引き出すのと後ろに倒す技を最初に会得しながら相手を崩す方法を身に付けるのか・・・。
ちなみに私が最初に面白いと思った技は「支え釣り込み足」で最初に投げたのは「大腰」である。その後にこれは武器になると確信したのは「内股」であった。左組なのでケンカ四つで容易に掛かった。それに一流選手の試合でも「内股」が決まり技になる事は非常に多い。当時全盛期に向かってばく進していた井上康生はこの技を連発して相手をボンボン投げていた。身に付ければ強力な技だった。

しかし内股は身長が高く、足の長い体型が適しているので、私にとって適切な技とは言い難かった。それに経験者に聞くと殆どの場合が、私には身長と体型的に「体落し」が合っている。との意見だった。
確かに体落しはあまり練習していない割には乱取り中によく掛かる方だった。自分には合っている技なのだろう。背の高い相手にも使える。理屈では分かる。ところが私の頭の中は大技である内股で占められており、それを中心にして他の技をどう繋げていくか?ばかりを考えた。(この考えが間違っていたと気付いたのは随分後になってからの事であった。上の方の意見は素直に聞く人間の方が伸びる)
したがって練習時間の多くを内股の練習に当てた。あとはそれに繋がる技を3~4つくらい。一応体落しも練習ルーティンには入れていた。

それから半年くらい地道に練習を重ねた。
その間に新宿区の大会にも出たが、あっさり投げられた。情けなかった。それより印象に残ったのは、日頃道場に練習に来ている強い方が、大会で投げられていた事だった。その方が道場で投げられている姿なんて見た事なかったが、世の中にはそんな人を投げる人がいるのだと改めて思った。

そして月日は経ち、春を迎え柔整科の3年になった。3年になると資格取得の為に、柔道実技の認定試験があるので再び週一で授業が復活した。
先生は1年時の大御所先生とは違い、新進気鋭のS先生であった。
この先生とは昇段試験の頃に一度稽古に付けてもらったのだが、真剣な乱取りだというのに、フワッとしか組んでこなくて、私の技を「暖簾に腕押し」の如く空気のようにかわすのである。軟体動物と勝負しているようだった。
そして時折隙を見ては私の身体を綺麗に畳に叩きつけるのである。まさに「柔よく剛を制す」であった。S先生は若くして何と5段なのだが、技の究極を体験させてもらった。目から鱗が落ちた。

初の授業の後、先生に再挑戦させてもらった。
半年間、地道な練習を繰り返してきたので、今の私がどれくらい通じるのか知りたかった。
すると今回は組み手争いから始った。半年前は好きな様に組ませてもらったが、今度はそうでなかった。さすがに先生も警戒したようだ。だが少し真剣になった程度なのだろうけど、私はビタンビタン投げられた。初段に毛の生えた程度なので、清々しい程に全く歯が立たなかったのは想定内だが、組み手争いから始めてくれたのには嬉しかった。

3年時の授業は何をやっていたのかよく覚えていないのだが、主に資格取得試験の為の型や実践練習が大半だったと思う。しかしそれ以上に授業が終わった後の僅かな時間に、自主的に残った生徒同士で勝手に乱取りを行うのが楽しかった。又は放課後に先生に稽古に付いてもらい、30分~1時間くらい居残り練習を良く行なった。先生もよく毎回毎回練習に付き合ってくれたと思う。とても感謝している。

その練習の甲斐があってか、7月の柔整科の東京都大会と9月の全国大会の代表選手に選ばれた。
ウチの学校はこれらの大会に重きを置いていない学校ではあったが、経験者を差し置いて私が代表に入るのは相当申し訳ない気がした。ただ地道に練習していた事が先生方に認められたのだ。でも正直に言うと嬉しいのと恥ずかしいのが半々だった。

2つの大会の結果は散々だった。それもそうだ、どの学校の代表選手も、私からすれば猛者ばかりが出ているからだ。何と全日本柔道選手権大会に出ている選手も2人いた。逆に言えば柔整科に入ってから柔道を始めた人間で、この大会に出場しているなんて超少数だろう。そこは自分に誇りを持ちたい所なのだが、そんなもの簡単に吹っ飛んだ。
しかし東京都大会は1年メンバーに強いのが数人いたお陰で、学校としては珍しく3位に入った。
ウチの学校は弱いので有名だったので、まるで東大野球部が勝ったかのようなちょっとした騒ぎに周りはなっていたらしい。

そんな誇らしくも苦い大会を経験をし、その後の10月には柔道実技の資格試験を終え、3月の国家試験の為に柔道はしばらく休みとなった、と思う。
数か月間全くやらなかったような気もするが、自分に限ってそんな事あるだろうか?
実は記憶が無い空白の期間である。


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